第拾壱話「友愛!清新!氣魄!護國應援團!!」


「朝〜、朝だよ〜、朝ごは…」
「ふああ〜、今日も清々しい朝だぜ…」
 昨日と同じく、私は名雪の目覚ましで目を覚ます。只、今日は應援團全員に会う為に、6時半に起床した。その後、私は例の目覚まし時計を名雪の部屋に配置し、1階へ降りた。
「あら、おはようございます、祐一さん。今日はいつもより早いですわね」
「おはようございます、秋子さん。今日はちょっと予定がありまして、早く起きたんです。朝食はもう出来上がっているでしょうか?」
「ええ、出来ていますわよ。それにしても困りましたわね、祐一さんが早く登校するとなると、名雪を起こすのが大変ですね」
と、秋子さんは頬に手を当て、相変わらず全然困っていないような顔で呟く。
「御心配には及びません。その件に関しましては、予め対策を練っております。首尾は万全です」
「そうですか、それは助かります。やはり名雪の事は祐一さんに任せておいて正解ですわね。ところで学校まではどういった経路で行くつもりでしょうか?」
「そうですね、とりあえず歩いて行くつもりです」
「送っていきましょうか?」
「あ、いえ、御好意だけで十分です」
 朝食後、大体7時辺りに家を出、公約通りに歩いて学校に向かった。秋子さんに迷惑を掛けないようにするという理由もあるが、何より昨日の出来事について考える時間が欲しかった。
(「魔物を討つ者」か…。私に衝撃を与えたモノが彼女の言う魔物なのだろうか…。そういえば、昨日の夢はいつも見る光景より、もっと昔の光景だったような気がするな…。生前の春菊さんが出てきたような気がするし…。そういえば、應援團も夢の中に出てきたような…)
 そんな事を考えている時、ふと橋から見える河岸の景色に目を奪われる。太陽に雪が反射し、白銀の景観を作り出している。「冬はつとめて」とはよく言ったものである。昨日の夢もそうだが、この地に来てから、やたらと昔のこの地での体験を夢で見るような気がする。夢の内容は漠然としか覚えていないのだが、まるで雪の神が私に意図的に見させているようである。


「おっ、誰かと思えば祐一じゃないか。こんな朝早くから何のようだ?」
 学校に着き、赤レンガを歩いていると、屋上から潤が声を掛けてくる。
「いや、ちょっと應援團に会いたいと思ってな」
「そうか、悪いが今は朝の練習中だ。俺等に会うのはそれが終わってからにしてくれ」
「ああ、分かった」
 そう言い終え、私はとりあえず校舎内に入ろうとにする。
「ああ、祐一、折角だからそこで練習を見ていかないか?」
 誘いを断る理由が無いので、私は頷いた。
「第参!応援歌〜!!壱、弐、参、ハイッ!!」
『か〜〜〜れ〜〜さ〜か〜し〜〜くも…』
 神人の掛け声により、團長が独特の指揮を始める。その動作に合わせ、應援團全員が一字、一字、ゆっくりと腹から声を発しているのが見える。澄んだ空気の冬空に木魂する應援團達の声は、何処までも勇ましく、誇り高かった。その後、数種類の応援歌を熱唱する。
 時間が経つにつれ、生徒の数が増え出してきた。急ぎ足で校舎内に向かう者もいるが、大多数の人は立ち止まり、応援歌を暫く聞き入れてから校舎内に向かっている。そんな中、私は時間ギリギリまで聞き入っていた。
「よし!時間も時間だ、最後に国歌を斉唱し、練習を締め括る!!」
『諒解!!』
「日本國、國歌〜!!壱、弐、参、ハイッ!!」
『き〜み〜が〜ぁ〜よ〜ぉ〜は〜♪ち〜よ〜に〜いい〜や〜ち〜よ〜に♪さ〜ざ〜れ〜〜♪い〜し〜の〜〜♪い〜わ〜を〜と♪な〜〜りて♪こ〜け〜の〜〜♪む〜ぅ〜す〜ぅ〜ま〜ぁ〜で〜♪…日本國、万歳〜!!』
 團長の掛け声の後、誇らしげに国歌を斉唱する應援團。母国の国歌はこれ程までに雄大で誇らしく、美しい歌なのか…。感動のあまり、目から涙が溢れ出る。
「どうだった、祐一?」
 屋上に上がると、潤が感想を求めて来た。
「カッコ良かった。最高の応援歌だったぜ。アニメソングも良いけど、やっぱりこういう歌が日本の歌だよな〜」
「サンキュー。そういや、アニソンと言えば、従来のアニメソングは、軍歌や応援歌から派生しているって知っているか?」
「いや、初耳だが。そうなのか?」
「いや、実論までには至っていないが、何かを称えているという点では共通点があるだろ?」
「成程…、言われてみればそんな気もするな。それよりも潤、裸足で寒くないのか」
 潤だけではない、應援團の全員が裸足で雪の残る屋上に、裸足で立っているのである。
「最初の頃は辛かったけどな、もう慣れたぜ」
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び…。これ位堪えられない様では、應援團は勤まらないからね」
 潤に続き、副團が答える。
「あっ、そうそう、應援團の紅一点の人は誰なのかな?」
 話題を変え、そう質問する。
「それは私よ。名前は桑島美樹、宜しくね祐一君」
 そう言い、声がクリスなバンカラ服の女性が前に出た。驚くべき事に、男性のバンカラ服を着ているだけでなく、足まで裸足である。
「あっ、こちらこそ。それにしても、女性なのに裸足でいるのは大変ですね」
  「あら、失礼ね。女性だから裸足が大変そうだと言うのは偏見よ。男女平等を重んじるならこれ位の行為は当然よ」
「あっ、それは失礼しました。それにしても男女平等の割には、應援團の女性の割合が小さいような…」
「ま、女子が應援團になれるようになったのは先代からだからね。単に應援團になる修練が峻烈を窮めて、女性が生き残れる割合が低いだけよ。男女平等と言っても、應援團は並外れた体力や精神力が必要だからね」
「と言う事は、美樹さんは普通の男性より体力や精神力があるって事ですか?」
「ま、そう言う事になるわね。もっとも、体力や精神力以外にもっと重要な素質があるけど…」
 そんな会話をしていると、タイミングよく予鈴が鳴った。
「よし、全員速やかに、各自の教室に移動せよ」
 團長の掛け声により、應援團は大太鼓などの応援用具を担ぎ、速やかに撤退を開始する。私もその後に続き、自分の教室に向かう。


「おはよう、香里…」
 教室に着き、自分の席に腰掛けた直後、名雪が疲れたような顔で中に入ってくる。
「あはよう、名雪。どうしたの、疲れたような顔して?」
「朝、ちょとね…」
「名雪、どうやら遅刻はしなかったようだな。良かった、良かった」
「う〜、全然良くないよ〜。祐一、あの目覚し時計は何…?」
「何って、名雪がくれた目覚ましの改良版みたいな物だ」
「私が訊いているのはそう言う事じゃなくって…。朝祐一の声で『ラジオ体操』の歌が聞こえて来たと思ったら、『筋肉体操第1〜♪まずは上腕筋の運動から〜♪1、フンッ、3、ムキッ』何て聞こえてくるし…。もう〜、ビックリしたよ〜…」
「でもちゃんと起きられただろ?」
「う〜、確かに起きられたけど…、出来るなら違う声を入れて欲しいな…」
「例えば?」
「例えば、優しい祐一の声で私の事す…わっ、恥ずかしくて言えないよそんな事〜」
「みんな〜、席に着け〜」
 そんな会話をしていると、一成先生が教室に入って来た。
「今日は実力テストだ。自分の持てる力を精一杯に発揮し、テストに望むように。以上!」
 そう言い終え、HRが終了する。その後、不安そうな声で潤が私に声を掛けてくる。
「はぁ〜…、祐一、お前はテスト勉強したか?」
「いや、全然…」
「俺もだ…。ま、お互い頑張ろうぜ」
「ああ」


「祐一、今日の昼はどうする?」
 4時間目のテストが終わった直後、潤が話し掛けてきた。
「そうだな…、特に決めていないが…」
「だったら、俺達に付き合わないか?佐祐理先輩が應援團に激励弁当を作ってきてくれたんだぜ」
「佐祐理さんの手作り弁当か…。ちょっと興味あるな…。でも、俺なんかが加わっていいのか?」
「構わないぜ、佐祐理先輩自身、自分の友達を同行させるだろうし」
「そうか、じゃあ遠慮なく加わるぜ。で、場所は何処だ?」
「調理室だ」
 潤に付き添い、調理室に赴く。ついた直後、佐祐理さんが笑顔で出迎えてくれた。
「あはは〜、潤さん。準備は既に整っていますよ〜。あっ、祐一さんもご一緒なのですか〜?」
「ええ、部外者ですが…」
「あはは〜、別に構いませんよ〜。人数は多い方が楽しいですし」
「では遠慮なくいただきます」
「さ、皆さん召し上がってください。今日は皆さんの勝利を祈願した、旭日弁当です」
 そう言って佐祐理さんが差し出した弁当は、白米の真中に梅干が乗っていて、それを囲むように紅生姜が乗っていた。
「後、別に鳥カツを用意していますので」
 とどのつまり、紅生姜はカツ丼を前提として添え付けられていたという事なのだろう。
「…見た所、彼女の姿が見えないが…」
 佐祐理さんの弁当を食べながら、副團が佐祐理さんに問い掛ける。
「ええ、佐祐理は舞(まい)も一緒にって誘ったのですが…」
「なあ、潤。舞って誰だ?」
「佐祐理さんの親友だ。俺はあまり好きじゃないけどな。彼女のせいで、佐祐理先輩は生徒会から手を引いたようなものだし…」
「その舞って人は問題児か何かなのか?」
「まあ、そんな所だ…」
「全くだ!佐祐理殿が生徒会長になっていれば、あの左翼進歩主義者の久瀬(くぜ)が台頭する事などありえなかった!!」
 潤と私の会話に触発されたかのように、團長が呟く。
「そんな事はないですよ、武彦さん。彼は生徒会長になるまで、自分のイデオロギーを表に出していませんでしたし。佐祐理が生徒会長を勤めていても結果は同じだったでしょう」
「だが、佐祐理先輩。君なら、御父上の力を使って、生徒会長をやりながらでも、舞さんを庇護出来ただろう!久瀬を相手にしている時はいつも父親の名前を使っているのに、何故そうしなかったんですか!?」
「確かに麗さんの言う通りだったかも知れません。ですが、佐祐理はなるべく自分の力で物事を解決したかったのです。久瀬さんはあからさまに佐祐理の父の力を欲していた態度を表していましたから、逆に父の名を抑止力代わりに使っていただけです。父の名前は、佐祐理にとっては核兵器みたいなものですから」
 普段ののほほんとした感じからはとても想像がつかない位、はっきりとした口調で持論を展開する佐祐理さん。流石は、一郎党首の御令嬢である。これで21世紀の日本は安泰である。
「では、佐祐理は舞にお弁当を届ける為にそろそろおいとまします」
 そう言って、佐祐理さんは調理室を後にした。


「ん?あの娘は…」
 調理室から教室に戻る途中、栞がまた赤レンガに立っているのが見えた。
「潤、悪いが先に教室に戻っててくれ!」
「おい、祐一!ったく、また上着着ないで外に出やがったな…。仕方ない、後からまた届けてやるか…」
 私は靴を履き替え、外に出た。
「あっ、祐一さん、今日はです」
「ようっ、栞ちゃん。何だ、今日も風邪で欠席か?」
「はい…、ですが、今日は祐一さんの言い付けを守って、ちゃんと上着を着て来ました」
「おっ、偉い、偉い。御褒美に何か奢ってやろうか?」
 本心は家でじっと静養していて欲しかったのだが、言い付けを守ったという事で、何かを奢りたい衝動に駆られた。
 しかし不思議なものである。何処か儚げな栞を見ていると、自然と見守ってやりたくなる。まるで、同じ過ちを繰り返したくないかの如く…。
「そうですね…、バニラアイスをお願いします」
「ほえっ?そんな冷たい物でいいの?」
「はいっ」
「まあ、わ…俺自身は、アイスは嫌いじゃないからいいけど…。でも、こんな寒い所で食べたら風邪を促進させるようなものだぞ?」
「そうかも知れません…。ですが、バニラアイスは私の一番の好物なんです」
と言って、にっこりと笑う栞。その笑顔に一撃轟沈し、私は購買からアイスを買ってくる事を決心した。嗚呼…、やはり私はロリコンなのか…。
「…で、應援團になるには並外れた体力や精神力が必要なんだ…。おっ、遅かったじゃないか祐一」
 アイスを買い終え、赤レンガに戻ると、潤が栞と話し込んでいた。
「ほらっ、お前の上着だ」
 そう言って潤は、私に私の上着を投げ付けた。
「サンキュー、潤」
「全く、お前も少しは栞ちゃんを見習ったらどうだ。この娘はお前の言い付けを守って、ちゃんと上着を羽織って来たって聞いたぞ!」
「祐一さん、学習しないんですね〜」
「認めたくないものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものは…(C・V池田秀一)。…と、栞ちゃん、はいっアイス」
 そう言い、私は栞にアイスを手渡す。
「ありがとうございます」
 にっこりと笑い、栞は赤レンガのベンチに、降り積もった雪を払って腰掛ける。
「おいしいです」
「そうか、それは良かった。わざわざ買いに行った甲斐があったよ。それにしても、よくこんな寒い中、アイスを食べるなんて夏炉冬扇な行為が出来るな。わ…俺にはとても真似出来ないな。寒い所で食べるからこそ、その温かみの有難味が分かるという理由で、ラーメンを食べるならまだ理解出来るけど」
「好きな食べ物には、季節は特に関係無いですよ」
「まあ、そんなものだろうけど…」
「それよりも、祐一さん、一口どうですか?私が食べているのを見ているだけでは退屈でしょうし」
「いや、だから寒い所で冷たい物を食べるのは…」
「だったら、俺が代わりに戴こうか?寒空の中、アイスを食べれないようじゃ、應援團の名折れだしな」
「申し訳ありませんが、祐一さん以外の方にあげるのはちょっと…。関節キスになりますし…」
「哀♪震える哀♪それは♪別れ唄〜♪見事に振られたな、潤。それにしても、栞ちゃん。ひょっとして俺との間接キスを狙っていたのか?」
「え?あ、い、いえ、そ、そんな事はありません…」
と顔を赤く染め、慌てながら否定する栞。
「何だ、その調子じゃ脈ありって感じだな」
「…そんな事言う人嫌いです。…そう言えば祐一さん、私が初めて祐一さんとお会いした時、一緒にいた女の子はなんていう名前なのですか?」
「ああ、あいつは、あゆ、月宮あゆって言うんだ」
「あゆさんですね」
「あゆにさん付けは合わない気がするが…」
「いえ、あゆさんは私より年上ですから」
「月宮…?まさか伝説の應援團團長の…。いや、そんな筈は無いか…。もしそうだとしたら確実にこの学校に入学している筈だしな…」
「どうかしたか、潤?」
「いや、何でもない。月宮って名字がどうも気になってな…」
「ちなみにあゆは、日曜俺の部屋の整理を手伝っていた女の子の事だ」
「えっ!?あの娘が…」
「ところで、あゆさんと祐一さんは、恋人同士か何かなのですか?」
「あの状態を見て、どうやったらそんな結論に辿り着くんだ…?」
「よく喧嘩するほど仲がよろしいと言いますし。何より女性を呼び捨てにするのは苦手だと私におっしゃいましたのに、あゆさんは呼び捨てでしたし」
「あいつは、旧友みたいなものだからな」
「そうなんですか」
「まあ、旧友と言っても、7年振りに再会して間も無い間柄だけど」
「7年振りに出会った男女2人が、喧嘩しながらも恋に落ち、そして…」
「だから俺とあゆはそんな関係じゃないって」
「いえ、もしそうだとしたら、ドラマみたいで素敵だなあと思っただけです…」
「ドラマと言うか、恋愛ゲームの王道と言うか…。それよりも栞ちゃんはそういう展開が好きなのか」
「はい、好きと言いますか、私の夢です。女の子でしたなら、誰でもそういう夢を持つと思います」
「女の子の夢か…。時に潤。漢の夢と言えば?」
「フッ、決まっているだろ。SUPER ROBOT SPIRITS♪燃えろ正義♪熱き勇気〜秘め〜♪」
「SPIRITS OF STEEL♪鋼の魂♪漢の〜ゆ〜めだ〜♪だよなやっぱり」
「当然だ!海ゆかば水漬く屍、山ゆかば草生す屍、大君のへにこそ死なめ、かへりみせはじ…。義によって生き、義によって死ぬ。それが漢の夢であり、鋼の魂、大和魂だ!!」
「私は義によって立っているからな!!(C・V大塚明夫)」
「2人とも面白い方ですね」
 そうこうしている内に、辺りに昼休み終了のチャイムが鳴った。
「では、私はそろそろこれで…」
「じゃあな、栞ちゃん。…と、そう言えば今日はどう言った理由で学校に来たんだ?また無理をしてでも会いたい人に会いに来たのか?」
「ええ、それもありますが、何となく祐一さんに会いたかったのです」
「そうまでして会いたい者か、俺って?」
「祐一さんとお話しをしていると、何だか心が温まってくるのです。祐一さんってとても優しい方だなあと…」
「そうか?」
「はいっ。ではさよならです」
「ああ、さよなら、栞ちゃん」


 一連のテストが終わり、6時間目に相当する時間帯は体育館で生徒総会となった。潤はまるで戦場に赴くかの形相で、開始するのを待っている。
「これより、平成10年度生徒総会を開始致します」
「ついに始まったな、應援團の命運を賭けた生徒総会が…」
 生徒会関係の人の挨拶が終わるや否や、潤がそう呟く。
「では、始めに議長を選出したいと思います。誰か立候補者は…」
「はい」
 そう言って真っ先に挙手したのは佐祐理さんだった。
「スムーズに論議が進むよう、頑張ります。では、まず始めに生徒会長から、今回のバンカラ制服廃止についての、提案意見を述べて下さい」
「はい。前にも話したと思うが、應援團のバンカラ服は時代に不釣合いで、戦前の悪しき軍国主義を彷彿とさせるものがある。国際的な関係が今以上に広がる、来るべき21世紀に、近隣を刺激するような制服は残すべきではない!これからの国際関係を円滑にする為に、バンカラ服ような薄汚い制服は断固廃止すべきである!!」
 嫌な奴だ、と思った。私が一番嫌う種類の人間である。一体今まで、どんな曲がった教育を受けてきたのだろう。こんな典型的な憎教祖的信者に、よく生徒会長が務まるものだ。確かに、戦前の軍国主義は現在の官僚制度と同等に腐敗していただろうが、この男の言い草は軍隊その物を悪と決めつけている傾向がある。悪いのは軍部が主権を握った事であり、日本軍そのものではない。軍そのものが悪ならば、何故世界各国は、未だにその国毎の軍隊を保有しているのだろう。国際的な関係で廃止すべきだと言っているが、そう言っている本人に一番国際的な視野が欠如している。
「この提案に関して、意見のある方は中央の檀に並んで下さい」
 そう言われ、立ち上がったのは團長だった。
「頼りにしているぜ、團長…」
 後ろの方から小声で囁く潤の声が聞こえる。
「バンカラ服着用は、終戦時に失われかけた日本的伝統精神を、後世まで伝え残す為に始まったものだ。確かに、21世紀は国際的な関係は今以上に広がるだろう。だからこそ、我々が我々である証を示す為に、バンカラ服はむしろ今以上に尊重すべきである。それに、バンカラ服には生徒会精神である、友愛、清新、気魄の念も込められている。バンカラ服廃止は、生徒会を含めたこの学校の精神そのものを否定し、根絶させる行為である!!」
「その生徒会精神そのものが、戦前の軍国主義的精神だ!!21世紀にはそんな精神はいらない。バンカラ服を廃止した暁には、僕がこれからの世の中に相応しい精神を生み出す!!」
「貴様!それでも我が校の生徒か!!」
「双方とも、静粛に!感情にまかせた意見には説得力がありません。意見を述べる時には、冷静に論理的にお話し下さい」
 佐祐理さんの一喝により、2人とも静まり返る。
「武彦さん、他に何か意見はありますか?」
「いえ、後は生徒達に委ねます」
「では、他に意見がないならば、これより多数決に入りたいと思います。バンカラ服廃止を承認する方は、挙手を願います」
 するとどうであろう。挙手したのはほんの僅かの人しかいなかった。
「大多数の反対により、バンカラ服廃止の提案は否決されました」
「異議あり!こんなことありえる筈はない。これは明かに應援團が後ろで根回ししている!!」
「お静かに、久瀬さん。何を証拠にそのような事をおっしゃるのですか?」
「手を挙げなかった大多数の人が、新しく採用された制服を着ているじゃないか!バンカラ服廃止の意思表示をしている者が挙手しないのが、何よりの証拠だ!!」
「久瀬のヤロー、妙な言い掛かりを付けやがって…」
 後ろから潤の、憤怒の声のが聞こえる。
「久瀬さん。あなたはどうやら勘違い為さっているようです」
「勘違い!?この僕が?バカバカしい!」
「制服着用による意思表示をしているのは、むしろバンカラ服廃止反対派の方々達です。應援團は新しい制服の採用を承認しました。ですから、新しい制服を着ているからバンカラ服反対であるという論拠は成り立ちません」
「くっ…」
「それに、大多数の人がバンカラ服廃止に反対した証拠はきちんとあります」
「それは一体どんな証拠だ?その論拠こそでまかせじゃないのか!」
「…貴方の眼には、登校時、應援團の練習風景に多くの生徒達が魅入っている姿が映らなかったのですか?多くの生徒達が、その練習風景に暫く浸透してから校舎内に入っています。バンカラ服を身に纏った應援團を皆、心の拠り所にしているという事です。それが何よりの証拠です。それに生徒会精神そのものを否定する発言は、聞き捨てなりません。確かに精神というものは時代と共に変わっていくものです。ですが、同時にいつまでも不変な精神も内在しているものです。友愛、清新、気魄…。この3大精神はその移り行く時代の中でも、決して変わらない内在的精神です。この精神を否定するのは、この学校の生徒がこの学校の生徒である事を否定する事に他なりません。その精神を否定する貴方は、本当にこの学校の生徒なのですか?」
 刹那、辺りから一斉に拍手が飛び交う。そして久瀬は、地団駄を踏みながら体育館を後にした。
「では、これにて、生徒総会を閉幕致します」

…第拾壱話完

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